騒音寺の“Ooh Yeah!!”な・・・

吠える!唸る!喚く!京都が誇る当代最強のライブバンド・騒音寺の旅日誌!ツアーに次ぐツアー、バカ丸出しの打ち上げ、真剣な表情のレコーディングに退屈至極な移動日!終わりなきR&Rライフをチェックよろしくデス!!

2013年04月

4回目となった2010年。


5/3 頭脳警察/中川 敬

5/4 うつみようこ&YoKoLoCoBand/Lonesome Dove Woodrows

5/5 THE NEATBEATS/JAPAN-狂撃-Special


この年までヨコロコは4年連続で出演してもらってたんやな。またご一緒したいな。


2011年もにぎやかに。


5/3 カーネーション/遠藤ミチロウ

5/4 ザ50回転ズ

5/5 THE NEATBEATS/夜のストレンジャーズ


大いに盛り上がりました!


2012年はよりいっそうのあほうな仲間感。


5/3 ザ・キャプテンズ/セックスマシーン

5/4 夜のストレンジャーズ/T字路s

5/5 THE NEATBEATS/ザ・サイクロンズ


ニートは2年目以外ずっと出てもらってありがとうございます!


そしてなんと言っても今年2013年が大騒ぎの予定なんやな!


5/3 KiNGONS/高木まひことシェキナベイベーズ

5/4 COOL WISE MAN/THE TON-UP MOTORS

5/5 THE NEATBEATS


いやー最高っすね。

このメンツで超大盛りにガヤるんで、皆さんGW、そうガヤウィーク磔磔に集合よろしくです!

3.星の降る夜

騒音寺流王道POPナンバー。

「スタンダード」の解釈を間違えると単なる「時代遅れ」になってしまうので、そこに細心の注意を払ってフレーズを選択した。

こういう曲はギターを弾きながら浮かんでくるフレーズよりも歌詞から浮かんでくる風景や湧いてくるイメージをフレーズにしていく方がいいと思う。

所謂ギターギターしたフレーズじゃなく面白いモノが出来るというか。

あとは、ギター以外の楽器(ピアノやホーンセクション等)をギターで弾いてみたり(サビのリードはそうです)

そういう楽器と一緒にプレイしてみたいなと思う曲の一つ。

ツアーの四分の一が終わった。2008年「ベスト・オブ~」ツアーから五年、見る景色も変わった。あの頃、騒音寺は新鋭の音楽出版社、エキサイトから打診を受け、単発のメジャー契約をした。そのまあ忙しかったこと!ライブ直前三十分前のインタビュー取材、ライブ後はCBSやらワーナー社員他、有名バンド担当のマネージャー、ライターさんとの面通し、家に帰れば原稿書き、次なるツアーの準備、そしてまた次の町へ移動。目が回る。まあ、これに耐えられなければメジャー業界では通用しないのだろう。「鬼も逃げ出す魑魅魍魎の世界」、と思いきや担当のA&Rの人たちはクリーン(特有のうさんくささがない!)でとても親切だった。特に「退職前にもう一度現場で花を咲かせたい」と騒音寺を買って出た元CBSソニーの小栗俊雄さん(かつては尾崎紀世彦、南沙織を世に送り出した)からはいろんな事を教わった。

 ある夜、都内でのライブ直後、小栗さんにそのまま拉致され居酒屋へ行くと、そこにはエキサイトの上層部の方はともかく、音楽業界屈指のプロデューサー、ライターが集合していた。評論家の平沢さんや忌野清志郎さんのマネージャーもいたと思う。忘れがたい光景だ。彼らを前に、俺は会社に一つ要望を出した。内容は、俺に作曲用のプロデューサーをつけろ、というものだった。あれを書け、次はこういうのを書けと指示する人間を、だ。すると一同目を丸くしたあと、爆笑した。今も昔も皆それが嫌でせっかくのメジャーデビューをふいにするのに、そんなことを言うバンドマンは初めてだと言うのだ。昔から作曲という作業がとてつもなくたいそうな事に思え、気後れしてしまう俺は、あの時口々に「充分過ぎるくらい書けてますよ」と言われたことを今でも不思議に思ってしまう。

 バンドマンとして当時ムカついた厳しい言葉も今では正論だ。フロントとリズム隊とのズレ、コーラス、あのギターは毎晩飲んでステージに立つのか、メンバーを切る勇気はあるか、CDの音質やマネージメントに至ることまで。驚いたことに小栗さんの指摘は全て図星だった。俺が全部ないがしろにしてきた事実ばかりだったからだ。トイレ待ちをしていると、中から関係者の声が聞こえてきた。「小栗さんもとんでもないのに手を出したもんだナ」。

「人生最後の仕事として騒音寺を特大のバンドにして見せる」。小栗さんは本気だった。騒音寺はホール級のバンド、もっと多くの人が聴いてしかるべき音楽と、足繁く京都まで接見しに来られたり、京都や横浜中華街、東京での盛大な打ち上げなど、全て小栗さんがそのキャリアを賭け、一財産放り投げて俺たちに尽くしてくれたのではないだろうか。

 その後一年未満で突如エキサイトは音楽出版規模縮小、撤退を表明、同時に若きA&Rマンたち、そして小栗さんもリストラにより姿を消した。売れる売れないに関係なく、俺の音楽ライフからまた賑やかな人たちがいなくなり俺も少し淋しくなった。情報筋によると、あれから小栗さんは引きこもってしまい、電話口では「騒音寺に大変申し訳ないことをした」と言うばかりで、家から出ない日が続いていたらしい。今はどうしているのか。当時東京で俺の代理人を努め、現在はキノコホテルで奔走しているサミー前田さん、ライブも見ないで俺にムカつく言葉を発したうさんくさい業界人に「てめー、フザけんなよ!」と俺より先に啖呵を切った森さん、関係者だらけの宴席で、外の空気を吸いに行った俺に「息が詰まるでしょう」と煙草を一本差し出してくれた加島君、どうもありがとう。騒音寺を世に出すことでみんな必死だった。厳しい小栗さんの言葉は今の騒音寺に役立っている。是非またお会いしたいものだ。今はとにかく感謝あるのみ。そして若きバンドマンたちよ!メジャーって楽しいゾ、頑張れ!


本日TAMUさんお誕生日ということで、約10年前のPVから『京都シティ・ブギー』(Big Shit Comin'より)
HappyBirthdayヾ(=^▽^=)ノ
誕生日当日は、大阪Shangri-Laで、盟友THE NEATBEATSとの共演。
最高の一日にしてくださいね! 

このページのトップヘ